世界と繋がって。南三陸町より

ゼネコンの設計部に所属していた若くペイペイの頃(paypayでなく)、私は南三陸ホテル観洋の新館増築の設計担当として諸先輩から御指導頂きながら取り組んでいました。ホテル創業者の前会長とのやりとりは今も忘れることはありません。それだけに、南三陸町は思い入れの強い町です。 
 その町の震災による被害は壊滅的なもので、多くの被害者を出したことはもちろん、本当に辛いものでした。久々に訪れた南三陸さんさん商店街。川をはさみ震災遺構として保存されている旧防災対策庁舎を含むエリアは、南三陸町震災復興祈念公園として整備されました。
 祈りの丘頂上から一段下がった位置に歩道があります。これは「高さのみち」というもので、海抜16.5mで志津川市街が襲われた津波の平均の高さとのこと。晴天の今日、丘の頂上から見渡す海は穏やかで、とても美しいものでしたが、やはり自然に対して畏敬の念をもって生きていかなければならないと思い、お祈りしてきました。

 海の恵みを頂き、南三陸町は「西の明石、東の志津川」と言われるタコの名産地です。タコは食べているえさによって味が変わると言われていますが、志津川のマダコはアワビをえさとしているようです。その味と歯ごたえ抜群の最高級ブランドタコものった海鮮丼を美味しく頂きました。

 その、さんさん商店街は地元に復興の勇気を与えてくれた場所ですが、建築家の隈研吾氏の設計です。その後、先述した中橋も隈研吾氏の作品で、とても美しく鉄骨と木の使い方やカラーリングが絶妙の橋です。
 そして、隣接地には道の駅が建設中で、こちらも隈研吾氏の設計によるものなのですが、昨今の資材高騰、とりわけ鉄骨が入手しづらい状況から、竣工が半年ほど延びているよう。私の身の回りでももちろん同様なので、建築関係者としては頭の痛いところですが、鉄骨造を鉄筋コンクリート造に計画を変更するなど、工夫して設計しています。
道の駅ができれば、またさらに賑わいが増すでしょうし、南三陸町がますます元気になることを願っています。

 今、ロシアのウクライナ侵攻で戦争が起きています。一人の指導者の本当に愚かな企てを止めるすべはないのか、何の罪のない一般市民が殺され、あるいは故郷を追われ、街を破壊されてしまっています。ロシアの人々に立ち上がってほしい。世界中の平和を願う人の思いが状況をこれ以上悪くしないよう伝わってほしいと思います。経済制裁は必要だと思いますが、結局世界は繋がっているから影響は広がっています。誰のためにもならない戦争は止めてほしい、それを願うばかりです。

 世界は繋がっています。さんさん商店街の屋外テラスの中のタコもモアイもマスクをしていました。そう、未だにコロナは終息していません。様相を変えつつも我々はウィズコロナを考えながら生活をしていかなければなりませんが、コロナ一つとっても世界は繋がっていると考えさせられます。
 さんさん商店街には、イースター島から寄贈されたモアイ像があります。1960年に起きたチリ地震による津波によって、当時の南三陸町は壊滅的な被害を受けていました。その被害から立ち上がってほしいとの思いから、チリと南三陸は友好関係を続けてきました。
  東日本大震災で再び津波の被害を受けた後にこのモアイ像が贈られましたが、イースター島の石で彫られたモアイが島外に出るのは、世界で初めてということで、その結びつきの強さを感じます。
 様々な出来事がありますが、世界は繋がっていることを実感する度に、世界中が絆で結ばれるように、みんなが幸せになれるように願います。「みんなが」というのをもう一箇所で感じました。不特定多数の人の利用する施設では身体の不自由な人でも利用できるように設置が求められる誘導ブロック(注意喚起材)がありましたが、その先には人的介助を行うためのインターフォンが備えられています。ここではユーモラスにタコの案内板に一体化されていました。8本の手があれば心強いですね(笑)。

 そんなユニバーサルデザインを感じながら、南三陸さんさん商店街をしみじみ歩きましたが、最後に一つ教えられました。
 「モアイ」はイースター島のラパヌイ語で、「未来に生きる」という意味だそうです。私たちはこれからも希望をもって、世界の人々と繋がって、未来に生きていきましょう!

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